未来がわかったら、どれだけいいかと思うことはあるだろう。

例えば、「ヨハネの黙示録」は、記者が天的存在に連れられて時空を超え、終末を見てきた記録である。

むしろこれなら、“悪人世にはばかる”ような世の中に対し、未来において溜飲を下げることができる。

しかし、自分の人生の間の未来がわかったら、現在の今日の今を、それでも地に足着けて歩めるか。

これはきついと思うが、天がそれでもそれを許し、示してくれることがあるとしたら、やはり天から見て、そこに無理がないとみなされた場合だろうと察する。