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衣装の意匠

幼少期、同世代の身近な子が、「リボンの騎士」に夢中になった。

リアルタイムの話だが、それを横目に、わたしは、少女騎士のリボン(それを言っちゃあ、お終いだがw)、提灯袖や、帽子、ブラウス等のひらひらが気持ち悪かった。

これはヨーロッパの意匠(女性など、胸部をえぐり出し、籠で裾を広げ、気絶するほどコルセットを絞るとか、どうかしている)なわけだが、ドイツで二度暮らした際に、二度目になると、ドイツ女性たちの衣装が変わって来て、トップスの首から下の開きがえぐれて行き、丈が短くなって腹部が出て行き、ボトムスの股上も下がって、何もかもを衆目に晒している感じで、着れる服が減って困った。

おばちゃん心としては、お腹を冷やしたら婦人科系のガンになるよということもあったが、いったい、誰に向かって何を晒しているんだという印象だった。

日本でも、一時期、斯様な流行期があっただろうか。

なんか、布(キレ)を節約する、ファストファッションの作為もあったかもしれないが。

男性デザイナーの中には、女性に好意を持っていない人もあると聞いている。

そんな彼らのデザインを着て、ランウェイを歩かされるモデルも、生活のためとは言え、なんだか気の毒である。

そのデザインが巷に溢れるとか、女性はもう少し、流行の奥にあるものを精査した方がいいと思う限りだ。

また、日本の着物にしても、“布団”をぐるぐる巻きとか、活動性の対極は辛い。

ところで、わたしの指向性の原体験には、スタートレックの乗務員の機能的な意匠があるかと察している。

それを、こども心に、機能美と予感したと思う。

或いは、イメージとしての、フランスの文学青年のような。

どうして多くの女性は、性を強調するのか。

わたしは、知性・精神性を前面に出したいな。