以前、住んでいた場所で行きつけだった美容室では、店長のお姉さんにお世話になっていた。

最初に、絞り染めのサマーワンピで行った時、東京から来た人だろうと言い当てられた。

海外生活もしただろうとも言われた。

そうだった。

お姉さんは、アメリカのホームステイで、クリスチャン家庭の世話になり、毎週礼拝に連れて行かれたそうで、勢い、わたしとキリスト教スピリチュアリズムの話題に花が咲くようになった。

ボーイッシュな人で、安心してウルフカットをお願いできた。

そこで意気投合した話題が、男性と女性の加齢の違いについてで、わたしがそれについて触れた時に、大いに同意された。

即ち、女性性は劣化の命運から逃れ難いが、男性性は加齢が渋くよく働き得るという趣旨だ。

それもあって、わたしは女性性を強調する道から逸脱しているのだが、彼女自身もそれに当たるだろうということだった。

その地からまた、異動する旨告げた時には、膝から崩折れて、その行き先が憎いと言われた。

心通う人との出会いは、スパンも含んだ一期一会だったりする。

そんなわたしに加齢は味方している面がある。

女性は加齢に伴って、女性ホルモンが減少し、男性ホルモンの割合が上がるという話だし、男性の場合も、男性ホルモンが減退すると聞く。

そうすると、おじさんのおばさん化と、おばさんのおじさん化がクロスする局面があるかと想像できるし、ならば、全体的に女子会が開催できたりしそうだ。

というか、某珈琲専門店(『☕哲學』)の隣席で、そういう場面に出くわしたことがある。

もう、みなさん、男女差を超えて、よう喋る、よう喋る。

👍️と、思った次第だ。

人類皆兄弟っぽくて、いいな。